心理的安全性って言葉を知っていますか?
何か聞いただけですごく良さそうな言葉だと思いますよね。そうなんです。
これを看護のお仕事をする皆が知ることで私たちの働く場所がもっと働きやすく良いものになるんです。
「それおかしくないですか?」
「私はこうしたほうがいいと思います。何故かと言うと…」
「ちょっとわからないので、教えてもらえませんか?」このように率直に意見を言い、また質問をする。
それだけのことですが、これがチームの成果を左右する位、実は重要なことなのです。
心理的安全性とは、このように組織やチーム全体の成果に向けた、率直な意見、素朴な質問、そして違和感の指摘が、いつでも、誰もが気兼ねなく言えることです。
一見すると普通のことですが、組織、チームでこれを行うのはとても難しいのです。
私がこの心理的安全性を知って「すごく良いから絶対病棟に取り入れたい!」と言った時に、「そういう事ははじめに上の人たちからやってくださいよ。私たち今やることで充分忙しいんですから。」と言われました。本当にその通りだと思います。 私の人生を振り返ってみても新人の頃、なんとなく違和感があったけれど「相手はベテランの先輩だから…」と指摘できず、後で大きなトラブルになりかけて「やっぱり自分の違和感は正しかった」と感じたことがありました。先輩の指示がよくわからず、でも質問をしづらくて、やるべきことが曖昧なまま見当違いの方向で努力してしまい、後で怒られたこともありました。 率直に意見を言うこと、質問をすることが、状況や立場にとっては、とっても難しかったことを思い出します。
チームの一人一人が、率直に意見を言い、質問をしても安全だと感じられる状況、つまり心理的安全な状況を作る事はとても難しいのです。 そして、この人々が率直に話せる状況を作ることが、私たち医療の現場で働く看護師にとって一番必要なことなんです。
そして、この心理的安全性は役職者だけが知っていても絶対に使えない、そういうものなのです。
心理的安全性とは?
ハーバード大学教授のエイミー・C・エドモンドソンは1999年に「チームの心理的安全性」と言う概念を打ち立ています。
私たちはどんな時に「対人関係のリスク」を感じるのでしょうか。
対人関係のリスクとは、自分の発言やアウトプットについて、チームの他のメンバーから「こんな風に思われるかもしれない」とか「こういう羞恥を受けるかもしれない」と言う「良かれと思って行動しても、罰を受けるかもしれない」リスクのことです。
別に、うちのチームでは罰なんて与えていないよ。と思われるかもしれません。
しかし、ここで言う罰とはちょっとしたもので、その一つ一つは小さな行動なのです。
例えば新しいチャレンジや意見に「それ、本当にうまくいくの?」といぶかしげに尋ねられたり、企画段階ではうまく通っても結果として失敗してしまったら評価が下がったり…。 インシデントが起きたときに、誰のせいなんだろうと犯人探しを始めたり、報告をしたら仕事が増えてしまった、、、そういう経験はありませんか?
エドモンドソン教授は大きく4つのカテゴリー「無視」「無能」「邪魔」「否定的」だと思われるリスクを、対人関係のリスクとして整理しています。
無知だと思われたくない→必要なことでも質問をせず、相談をしない。
無能だと思われたくない→ミスを隠したり、自分の考えを言わない。
邪魔だと思われたくない→必要でも助けを求めず、不十分な仕事でも妥協する。
否定的だと思われたくない→是々非々議論をせず、率直に意見を言わない。
対人関係のリスクとは今見てきたように、「チームの成果のためや、チームへの貢献を意図して行動したとしても、罰を受けるかもしれない」と言う不安を感じている状況のことをいいます。
行動すると、罰せられるのだったら、行動しないほうがマシ。
だから、このようなリスクに怯える心理的非安全な職場では、いつの間にかメンバーは必要なことでも行動しなくなってしまうのです。このように行動しなくなる心理的非安全な職場は、チームの学習と言う観点で大きく次の2つの問題があります。
①調整することがリスクとなるため、実践し、模索し、行動することから学ぶと言うことができなくなる。
②個々のメンバーが気づいていたり知っていたりすることを、うまくチームの財産に影響を変えることができない。つまりチームと言うよりも分断された個人の集合(グループ)となってしまい、個人の学びはチーム、組織の学びとならない。
逆に心理的安全な職場ではこのような罰や不安と戦ったり、忖度することにエネルギーを使う代わりに「健全に意見を戦わせて生産的で良い仕事をすること、成果を出すことに力を注げる」チームとなります。
私が心理的安全性を取り入れたいと思ったきっかけ
スタッフそれぞれの能力をもっとのびのびと発揮してほしいと思ったからです。
スタッフの数が減るけれど、病床数は変わらず。処置や検査はどんどん行って、ベッドを回転させるけど、あちこちに退院できない患者が溜まっていく毎日…。 忙しさは代えられない。患者が来るのも変わらない。医師たちの治療ペースも変わらない。誰も助けてはくれない。そんな中で変えられるのは何だと思いますか?
そう、私たちの能力なのです。
しかも、新しい能力を身に付けると言っているわけでは無いのです。
今ある能力を、100%発揮することができる。いや、120%にすることができたら…それだけで日勤看護師が3人増える位の力になりませんか?
「おいおい、まだ働かせる気かよ…」そう思わないでください。もう少し、もう少し、話を聞いてください。
心理的安全性と言う言葉は、字面や表面だけを捉えると誤解を生みがちです。心理的安全のチームと言うのは、外交的であることでも、アットホームな職場の事でも、単に結束したチームの事でも、すぐに妥協する「ぬるい職場」の事でもありません。
心理的安全性と仕事の基準
心理的安全性/基準 | 低い | 高い |
高い | ヌルい職場 コンフォートゾーン 仕事の充実感はない | 学習する職場 学習して成長する職場 健全な衝突と高いパフォーマンス |
低い | サムい職場 余計なことをせず 自分の身を守る | キツい職場 不安と罰によるコントロール |
こちらの表を見てください。
こちらの表は心理的安全性と仕事の基準の4現象を表しています。
ヌルい職場とは心理的安全性と言う言葉から、人によっては想像されやすいぬるい職場です。
つまりクオリティーの低いアウトプットでも怒られず、納期も厳しくない職場は 心理的安全性が高いが仕事の基準が低い時に起きます。ぬるい職場になってしまうのは、心理的安全性が低いためではなく、仕事の基準が低いことが原因です。心理的安全性が高いので人々はお互いに意見したり協力したりします。そして楽しそうに仕事をするのですが、仕事の基準は低いので、 目標未達が続いても特に手を打たなかった、まぁこのくらいでいいかと言うフレーズが人々の頭に浮かぶ組織チームのことをいいます。
このようなコンフォートゾーンに入る時、確かに仕事は大変では無いのですが、仕事そのものから得られる充実感はあまり感じられません。成長志向の看護師は危機感を覚え、転職を考え始めるかもしれません。
サムい職場。
同じように、仕事の基準が低いまま、心理的安全性も低くなった低い✖️低いの職場です。
このカテゴリは心理的安全性が低いため「チームの成果のためや、チームへの貢献を意図して行動すると、罰を受けるかもしれない」と言うリスクのある職場です。その上、仕事の基準も低いため、そのリスクを犯してまで他者と積極的に関わる必要がない、 と言うお互いに無関心なカルチャーの職場です。成果を出すことよりも、仕事をしているふりをすることや、失点をとらないために自分の弱さを隠すことへ注力し、言われたこと以上の仕事はしません。
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