常識を疑う。
思い込みというのはすごく強い力を持っています。
「自分は成功する!」とか「これから世界は良くなるだろう!」とか、良い意味で思い込みが強いというのは成功への第一歩です。上手に使いたいところです。しかし、「こんなはずではなかった。」と後悔するときも「うっかり間違えた。」とガッカリする時も、その前に自分の思い込みがある場合が多いです。
人は『思い込み』に良いようにも、悪いようにも捉われるのです。
自分が当たり前だと思っていることは、他人にとっても当たり前だと思い込んでいませんか?
まず、自分が思い込みを持っているということを知ること。ここから始めましょう。そして、今自分が抱いている感情は何から情報を得て、どう判断してわきおこってきたものなのか、考えてみてください。それと同時に、他人は何から情報を得て、どのように判断し、どう感じているのか想像してください。自分と同じものを見て、同じように判断し、同じ感情を抱いていると断言できますか?常識って、人類のうちの何%が同じことを考えたら常識と言えるのでしょうか?日本人のうちの何%?狭い職種のうちの何%?会社の人々の中の何%?
常識とは何なのか、常に疑っていくことが大事です。自分を愛するために、『常識』という名の濁流に簡単に流されてはいけません。物事の本質はどこにあるのか、何なのか、常に考えるようにしましょう。それと同時に、他人は自分と同じものを見ているとは限らないことを知りましょう。
俯瞰する。
どうしたら他人の考えや、世間の当たり前を理解することができる様になるでしょうか。
そして、どうしたらたくさんの『当たり前』の中で自分を潰さずにうまく生きていけるでしょうか。
周りを見過ぎないことです。そして、自分に集中しすぎない。自分の頭の斜め後ろのもーっと上の方から自分を見ている感覚で過ごすことです。誰にも振り回されない。自分自身にも振り回されない様にする。冷静になる。自分の考えが正しいと思うことと、相手の考えが間違いだと思うことはイコールではありません。
地球カレンダーって知っていますか?
地球の歴史を1年に例えると、ヒトの歴史は約4時間に相当します。産業革命が起きた18世紀以降の人類の歴史は、わずかに1秒ほどです。地球にうまれた生命が長い歳月をかけてつくり上げてきた豊かで精妙な生態系の中で、さまざまな資源を活用することによって、ヒトはめざましい発展を遂げてきました。しかし、その発展の結果、ヒトの活動は「最後の1秒」で、自然の恵みを急激に消費し、地球の環境さえ変えてしまうほど規模の大きなものになっています。われわれの住む地球は、どこへ向かっているのでしょうか。(世界はどこに向かっているのか 環境省)
自分の存在は長い歴史の中の一点に過ぎない。あなたの周りの人も同じです。
一点に過ぎないなら、あまり苦しまずに好きなことをして楽しく生きれば良いと思います。
否定しない。
自分のことも、相手のことも否定しないで生きれば良い。言うは易し行うは難し、ですね。
私もしょっちゅう否定しています。自分の正しいと思うこと=存在を守るため、です。「こんなことするなんて、おかしい。」「こんなことが分からないなんて、おかしい。」「こんなことが起こるなんて、おかしい。」そうです、人生おかしいことだらけなんです。おかしい、おかしいと思うのは=自分は正しいと言いたいことと同じなんです。
自分の感じる「おかしい」と、他人の感じる「おかしい」がぶつかります。おかしいことだらけの世の中なんだから、当然です。では、自分の正しいが証明されたら人は幸せになるのでしょうか。私はそうは思いません。どうせまた、誰かの「おかしい」とぶつかって自分の正しいを証明するために何かを否定しなくてはいけません。
もう、いっそのことおかしくて良い。
そうすれば、楽になります。
正しいものなんてない。正しいかどうかは、どの側面から見るかによるものなんだと思えばいい。
だから、自分も間違っていないし相手も間違っていない。
自分のことを否定してくる人がいたら、その相手は自分の存在を守ろうと必死なのだと思ってください。相手がいくらあなたを否定しても、あなたはあなたです。他人に否定されても必要以上に傷つかないでください。否定してくる相手もまた人間、あなたと同じで弱いのですから。
はいはい、あなたはそう思うんですねー。
って、思って忘れてください。誰も、あなたを否定することは出来ません。
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